健晃堂

権威の確立したものは役に立たない

「あまりたる事は、たらぬと同じ事也」

宮本武蔵はこのような言葉も記しています。

道具の持ち過ぎは、足りないのと同じで、かえってマイナスになるという意味ですね。

数々の情報が飛び込んで来る現代では、誰にでも思い当たるところがあると思います。

受験勉強のために様々な参考書を買い集めてみたものの、役に立ったのは一冊だけ。

新しいビジネスを始めようと、様々なことに挑戦したみたものの、全てが中途半端になり結局は何も実を結ばなかった。

似たような経験はありませんか?

あれもこれもと手を出さずに、何か一つに集中した方が良い結果に繋がるものです。

しかし、この言葉にも注意が必要。

表面だけを受け取り、仕事でも勉強でも、実績が十分で権威の確立された人の教えだけを取り入れ集中していれば良いのかといえば。

残念ながら、それだけではなかなか大きな結果に結びつくことはありません。

なぜなら、権威の確立されたものは、すでに旬を過ぎているケースが多いからです。

十分にエネルギーを蓄え、上り調子の人の行動・知識・思考などは、まだ社会的な評価を受けていません。

エネルギーを放出して、抜け殻になった頃に、ようやく世の中から一流と認められるわけです。

そのころには、すでに世の中の流れは変わっている可能性も高いでしょう。

では、どうすれば良いのでしょうか。

例えば、良い本に出会いたいなら、名も無い出版社から出た無名の著者の書いた本を片っ端から読んでみる。

そのほとんどは、あまり役に立たず、徒労に終わるかも知れません。

しかし、現代では無名でも、遠い未来に古典として生き残る素晴らしい本に、一足先に出会える可能性もあります。

セミナー通いを始めたら、興味があるものには時間とお金の許す限り、すべて参加してみる。

今は何の実績も無い講師でも、近い将来多くの人を成功に導く本物の実力者となる人物に出会えるかも知れません。

仕事でも趣味の活動でも全て同じ。

多くの無駄を重ねる時間と労力を省いては、本物に出会える可能性は極めて低いと言えるでしょう。

何事においても、望む結果を手にしたいなら、一点集中することは確かに大切です。

ただし、一点集中する対象は、混沌とした状態の中から自分の手で探し出すもの。

既に権威を確立しているものばかりを見ていては、盛りを過ぎたものにしか出会えず、常に時代遅れの行動しか取れなくなってしまいます。

武蔵の「あまりたる事・・・」の言葉も、試行錯誤を重ねた末に、ようやくたどり着いたもの。

松尾芭蕉は「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」と教えています。

権威を確立した先人たちの「結果」や「手法」を求めるのではなく、そこに至るまでの過程を求める。

その姿勢が大切なのであって、結果や手法ばかり求めていては、いつまで経っても何事も成し得ないということなのでしょう。

もし、今現在、何をやれば良いのかわからない。

一点集中しようにも、集中する対象が見つからない、などと感じていても。

とにかく行動し続けてさえいれば、いつかはやるべき事に辿り着くので心配はいらないということです。

逆に、今は何の迷いも無くても、権威の確立された人や情報にしか触れていないようでは、将来は危ういかも知れません。

自分自身の振り返りとして、参考にしていただけると幸いです。

16.04.30

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